
違和感を感じて大学を中退し「自分探しの旅に出る」
僕は日本で生まれ、アフリカで育ちました。
父親は一年の半年は家族と一緒にいて、半年はいないという生活をしていて、一緒にいると彼の機嫌によって家庭内の空気が変わりました。
彼を怒らせると暴力を受けたりすることもありました。
父親に対しての憎しみや怒りや恨み、そして反対側に愛されたいという渇望が常にありました。
学校では成績は優秀で、両親を喜ばせるために勉強を真面目にしていました。
ただ、将来何をしたいか。何になりたいか。
まるで暗いトンネルに入ったかのように、自分の将来にイメージが湧きませんでした。
父親からはいつも「医者・弁護士・パイロットのような高収入の職に就け」とずっと言われ続けていたのもあり、医者になる方針でアメリカの州立大学に進学しました。
でも、一年で中退をしました。
「なんか違う」
医者になることに何か違和感を感じていたので大学を中退して、日本に帰国しました。
ここから「自分は一体何をしたいのか」という答えを探し求める長い旅が始まります。

「嫌い」なことをどんどん知る
福岡、岡山、群馬、長野、北海道、鹿児島、高知、広島。
いろんな場所でいろんな仕事をしました。
サービス業、塾、観光業、広告会社、宝石屋、牧場、リゾート地、マンゴー農園
興味があるものには全力で飛び込みました。
そして、「なんか違う」と感じたら辞めていました。
様々な仕事を通して、自分にとって「嫌い」「やりたくない」がだんだん分かってきました。
例えば、
・電話の受け答えをするのは嫌だ。
・朝早く起きるのは嫌だ。
・長時間労働は嫌だ。残業は嫌だ。
自分の中の違和感を大事にしていたら嫌いなことがだんだんわかってきたことで、どんどん「好き」や「苦ではない」という方向に進み始めました。
お金に走って身体が置いていかれ、強制終了が起きた

自分にとっての「嫌い」がだんだん分かってきた頃に英語の翻訳の仕事をするようになりました。
在宅でできるし、納期さえ守れば時間の拘束がない。
当時の自分にとってはかなり好都合でした。
その頃はお金を貯めることに異常に執着し、毎日10時間以上パソコンと向き合っていました。
当時付き合っていた彼女にご飯を作ってもらい、僕はひたすら働いていました。
頭の中は「今月はいくら稼いだ」でいっぱい。当時の僕はお金を稼ぐことに必死でした。
この時、様々な不調が身体に現れていました。
・腹痛
・胃が張る(慢性的な痛み)
・肩甲骨や肩の凝り
・便秘
・頭痛
特に胃の問題はひどく、数日にも渡る慢性的な痛みが月に数回現れていました。
そしてやがて、精神的に病み、付き合っていた彼女と別れることにもなりました。
ちょうどその時、セラピスト学校に行くことが決まります。

身体に意識を向け始めた
この学校は少し独特で、朝はヨガをする学校でした。
そして、僕が悩んでいたお腹の施術(チネイザン)に特化している学校でした。
そこから僕はヨガに興味が湧き、呼吸や身体をより意識するようになりました。



セラピストとしてさらに知識を深めるためにタイ、インド、ギリシャを旅しました。
出会いと別れ。
外側と内側。
色々な意味で自分を知るきっかけにもなりました。
ただ、旅はそこで終わりませんでした。
帰国してからは昔の日本人が大切にしていた姿勢についてだったり、脱力について学ぶ機会があり、そこで身体をどのように使うかということに対して理解が深まっていきました。
この辺りから、僕の施術や哲学も少しずつ「守破離」を歩み始めました。
そして辿り着いたのは、在り方が何よりも大切であるということ。
アートにおいても、施術においても、技術をどれだけ深めても、最終的には行き詰まります。
では、達人や玄人は何が違うのか?
それは、在り方だと考えています。
辿り着いた答えは「在り方」だった
在り方とは24時間365日、生きている間の自分の状態そのもの。
心と身体の状態そのもの。
心が焦っていればそれは身体に出る。そして在り方がそれになっていく。
心にゆとりがあればそれは身体に出て、それが在り方になっていく。
在り方によってパフォーマンスや成果は異なります。
同じ技術を持った二人がいても、在り方が違えば結果は異なります。
ただ、在り方は技術のようにすぐに習得できるようなものではありません。
なぜなら、在り方は内観からだんだん整っていくからです。
僕にとって内観するということは、
見たくなかった自分、今まで避けてきた自分、今まで隠してきた自分の一部と再会し、それに伴う痛みや喜怒哀楽を味わい、それを消化するということ。
そんな内観を続けていると、自然の中で過ごす時間が少しずつ増えていきました。
そこで僕は、大切なことを自然から教わります。
自然は「在り方」の師匠である

子供を見ることは自然を見ているのと似ています。
なぜなら子供は直感や本能のままに行動する生き物であるからです。
そして、喜怒哀楽(感情)をその都度表現しているからです。
学校に行き、社会のシステムに慣れてくると感情を表すことがあまりよろしくないという考え方を持ちやすくなります。
すると、本来は出すべき感情が抑えられ、それが溜まっていきます。
これを溜めることが癖になると、それが在り方にどんどん影響します。
「本音を言ってはいけない」「相手を傷つけてはいけない」「自分には厳しく、相手には優しく」などのような固定観念をもつと本来の自分とはどんどんズレていきます。
このような気づきが僕の施術をものすごく進化させてくれました。
そして、その在り方の先にアートに出会いました。
絵を描きたくなった


在り方を大事にしていたら、「アートをしたい」という欲求が出てきました。
最初は墨を土台にした水墨画のようなアート。
ただ、それは僕にとって入口のようなもので、そこから
日本画、アクリル画に興味を持ち、youtubeやオンライン絵画教室を通してアートに夢中になっていました。


アートには実物に似た絵もあれば、実物に似ていない抽象画もあります。
ただ、アートの素晴らしいところは、
アートは全てを受容してくれる。
子供が描いた絵も、大人が描いた絵も、技術がとか、誰が上手いとか、そのような土俵や基準がアートに存在しないのです。
つまり、比較対象が基本的にないのです。
これは「自然」ととても似ています。
ゆるんだ「在り方」の施術とアート
自然はただ流れがあるだけ。
深い呼吸があるだけ。
木は木として生き、川は川として流れ、
花は誰かと比べることなく咲いています。
だから僕は、
人も本来はそうなのだと思っています。
誰かになる必要はない。
無理に変わろうとしなくてもいい。
少しずつ余計な力をゆるめて、
本来の自分へ戻っていく。
僕にとって施術もアートも、そのための手段です。
身体に触れることも、
一枚の絵を描くことも、
目指している場所は同じです。
心と身体に余白をつくり、
本来の感覚を思い出していただくこと。
そのきっかけを届けられる存在でありたいと思っています。
呼吸は深いところへ。
そして、人は本来の自分へ。